学校の文化 担任の先生より

1161)特別支援学校 いい授業かサブの立場から考えた

授業の良し悪しについて、前に出てリードする教員(メインティーチャー)でなく、側で控えていたり、児童生徒の側でサポートに入ったりするサブティーチャーの立場から考えた時

一緒に参加していて、「良かった、普通に終わった」などの感想がでるのが良い授業、「あれはヤバい、どうなるかハラハラした、変に緊張が高まった、ガッカリした」というのが悪い授業があります。

多くは、許容範囲におさまる、日常の営みの1つとして存在していい、いわゆるいい授業だと思います。

【神的なものから順に】
いい授業でも、いろいろあると思います。

個人的な感覚ですが、長年やっていると、だいたい同じようなイメージになるのではと思います。

90点~100点
作り込まれて、指導技術が満載の、いわゆるスキのない授業です。これはこれで指導目標に沿っていて、内容は妥当で、個に応じていると感じます。が、逆に作り込まれてメインティーチャーの教育観や指導観一色になっているので、サブティーチャーの指導観を除外(または無視)している感があるので、個人的にはいいいんだけれど参加したくない授業です。

70点~80点
多くの授業は、この範囲だと思います。多少のゴチャつきや、ザワつきを吸収しつつも、ある方向性に向けて進んでいく授業です。中には使うはずだったものを忘れた、児童生徒が鼻血を出した、などのアクシデントを吸収しながらも、最後までたどり着ける授業です。

50点~60点
いいんだけれど、やや危なっかしい授業です。何が危なっかしいかというと、緊張しすぎて授業の中のポイントを忘れてしまっている、説明が微妙に足りない、などがあったときです。それでも、授業の中身がしっかりしていれば、サブティーチャーの「なんとかしようスイッチ」がはいって補助や連携が作動して、イマイチな授業だったのに、教員同士が変に結束して、「なんだか分からないけど、すごくいい授業だった」みたいになることがあります。

【参加してキツい授業】
30点~40点

進行に穴があいている、順番が逆、説明不足が多い、などが頻繁に起こる授業になると、サブティーチャーがメインの役割を担う場面がでたり、声に出して進行のサポートをしたりするようになります。側にいる児童生徒の支援と、授業の進行の下支えを両立させなければならないので、サブティーチャーには負荷が高い授業になります。

10点~20点
授業準備ができていない、実態把握や想定を根本的に間違えている、などになると、授業として展開することが難しくなります。そうなると、メインティーチャーは授業を軌道修正させることができないので、サブティーチャーが代わりを買って出て、その授業が破綻しないようにする、といったことが、ごくまれに起こります。

(ただ、メンティーチャーの体調の悪化、場を離れなければならない急な案件の勃発などもあるので、一概に残念とは言えないケースもあります)

私はメインティーチャーをしているとき、60点から80点あたりをウロウロしている位かなと思います。究極にこだわると、周りがついてこれない気がするので、ペースを落とし、足並みを確認し、今日はこれでいいんじゃない?少し慣れたかな?ここができたね、ここが分かってきたね、繰り返しやってみよう、みたいな感じで、それぞれ少しずつお土産を持って帰れたら、みたいな感覚でやっています。

それがいいかどうか…正直、ここまできたら聞くのが怖いというのが正直なところです。

良いとも、ダメとも言われない立場になってきたのかもしれません。

それは気楽でもあるし、不安で怖いともいえます。