医師・介護・看護 学校の文化 担任の先生より

229)介護業界の「みまもり」と、特別支援学校の「教室待機」に必要な能力が似ている点について

こんにちは、雑賀孫市です。
今回は、業界は違っていても同様の状況があり、それぞれ同様の能力が必要なことがある、ということを御紹介します。

先日、介護業界の方とチャットをしていて、学校教育と介護、それぞれどんな仕事をしているか話をしていて、「同じ?」ということがありました。

それは、介護業界の「みまもり」と、特別支援学校の「教室待機」です。
まずは、それぞれの状況について整理してみます。

介護業界の「みまもり」
広いフロアに机が並び、それぞれの机に10数名の方(高齢者)が座っています。
何もせずに座っている方、本を見ている方、編み物をしている方などがいらっしゃいます。

それぞれの過ごし方

みまもりをするスタッフは、いわゆる徘徊をする方を席にお戻ししたり、トイレ行く方の支援をしたり、話し相手になったり、座位姿勢を整えたりします。
側からみていると、のどかなひと時を見守る「楽そうに見える仕事」です。

特別支援学校の「教室待機」
教室の中で、学級に在籍する児童生徒(3~6名)くらいがいて、そこに教員が一人ついて一人課題をするよう促したり、本読みを見守ったり、音楽をかけるか聞いたり、外に出て行ってしまったりしないか出入口の前に座って見守りをしています。

うまく、できたー

何もせずにキャスター椅子に座り、「楽そうに見える指導」です。

これら2つの類似点
側から見ていると、「楽そうだ」というのが似ていると思います。
あくせく体を動かし、利用者の方や児童生徒がある一定の空間の中で過ごせるよう働く、そんな姿が見られないので、大変そうではないし、「いればいいから、大丈夫ですよー。」と新人に渡されてしまいそうなお仕事です。
しかし、私はこの仕事こそ難しい仕事ではないか、そう思っています。

難しさ
①そこにいる人は皆違う人で名前が違います。
②それぞれ様々な課題があり、徘徊する、遊出する、転倒する、発作を起こす、他害をする、大声を出す、などの違いをもっています。
③1つの集団として安全をどう確保するか、いざという個別対応が発生したときにどう対応するか(集団は放置できない)、見守りと介助(支援)の質と量をその場で計算しなければなりません。(それも、ほぼ一人で)

支援者の資質・能力が不足しているとき、注意や判断のミスをしたとき、起こっている事態が支援者の能力を超えてしまった時、事故は起きます。

集中と周囲を見るは両立しない

業界が違うので、当然すべて同じとはいえません
老人福祉と学校教育、状況は似ていても支援する側の立ち位置やできる範囲は随分違うと思います。
高齢者施設などは、そこで過ごす方健康に過ごす空間をつくることを大事にすると思いますが、学校などでは、集団生活を通して安全に学習して「人格の完成」を目指すところですから、指導という名の外力を公然と働かせる傾向があります。

「QOL」、「質の向上」など、個別性が高まる中、現場を支える職員さんたち。
どうぞ、心と身体をお大事になさってください。

☆つたない文章ですが、複数の業界とかかわるなかで見える「ちょっと変わったもの」を御紹介していきますので、今後も気を楽にしてお付き合い頂ければ幸いです。


https://magomago1.org/228canyoushoosewhatyouseenow202010/
前回は、「228)特別支援教育 「選ぶ」ということについて考える。」でした。

https://magomago1.org/230isthealbumimportantdoyouwantit202010/
次回は、「230)特別支援学校の卒業アルバム作成過程(例)」です。卒業アルバムは長い時間と人の手を経て完成する、ということについて書いてみます。

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