学校の文化 担任の先生より

498)特別支援学校 「このクラスは先生しかできないよ」

担任をしていて、嬉しいような、残念なようなという言葉があって、「このクラスは先生しかできないよ」もその一つだと思われます。この言葉は、大抵人数が多くてまとめるのが大変、いろんな意味で濃いキャラクターが揃っている、保護者対応に配慮が必要といった学級を受けもっているときによく聞かれます。

【なぜ残念なのか】
私の主観なのですが、個人的に質の高い技やノウハウを指導や学級経営に活かせれば良いと思っています。しかし、そのスキルは特定の個人しか理解できなくて、他の人も使えないものだとしたら集団で児童生徒を指導する教員として良くないと思っています。

「このクラスは先生しかできないよ」にはいろんな意味が込められていると思っています。

①手がかかるところなのに、よくやっているという称賛。
②この大変なクラスをもつなんて難しいから、できる人がやっといてよという責任の押しつけ。
③他にも、その学級経営は複雑そうで、どうしているのか見えないから、できる人でやっといてよ。
④その学級を、小難しい技術を使って乗りきっているとしたら、他の人には回せない。

【次年度、誰がやるの?】
難しいというレッテルが外れなければ、複雑なものがシンプルにならなければ、次の年は誰が担任になるかが課題になります。普段の指導の様子を見ていて、この人がやったら終わる…という先生は選考基準から外れるので、しんどいところをやった先生はずっとしんどいところ、これくらいだと思われた先生はそれなりのところ、になります。

それを考えると、作業療法という、よく分からない魔法を使うような人は、前年度に沈没船になりそうだという所に飛ばされるので注意です。

【誰がフォローするの?】
その沈没船になりそうな学年や学級をどんな先生でかためるのか?
とにかく2人は力のある人が欲しいと思います。
そこに、多少偏りがあっても、何か力のある人をつけて…。

そこまで力のある人をまとめると、他の学年や学級にしわ寄せがいくので、最後のパズルピースは新人さんか、ちょっと使いにくいクセのある人が入ってバランスをとります。新人さんが「ベテラン揃いの学年に入って、力がつくよー。」と言われているのを見たことがありますが、そこは激戦の戦場かもしれないので、その時はお覚悟を。

「このクラスは先生しかできないよ」
この言葉はうれしくない言葉です。

しかし、ぬるま湯につからず今を生きていこうと言う、それなりに力のある同僚と出会う確率は上がります。



https://magomago1.org/497motorandbodyandenviroment202110/
前回は「497)特別支援学校 まずまず動ける、でも危ないという子どもの指導を組み立てる」でした。