担任の先生より

597)特別支援学校 怒って他害をする子どもへの指導について考える

10年ほど前に、うまく指導できなかったとことを振り返っています。

1つ下の学年にいた女子ですが、肢体不自由部門にいて、車椅子に乗っていました。
今思えば、運動面の課題よりも、知的障害部門で取り組むような課題のほうが大きいと感じています。
泣いたり、騒いだりしているのを見て怒る。
ずっと待たされると怒る。
いろいろありましたが、自閉症的な感じでした。

怒る原因はいろいろあったと思います。
・今授業中じゃ、うるさいわ。
・時間通りに始まらないじゃない。
・いつまで待たせるの?
発語はありませんでしたが、こういったことが彼女をイラつかせていたんだと思います。

それに対する大人の対応
・怒るのをたしなめつつ、「ガマンしてあげてね。」を繰り返す。
・手を叩いて、歌を歌う。⇒それでノセて、ごまかす。
・他害を避けるため、友だちと距離をとるため車椅子を移動させる。
根本的な解決ではなく、場当たり的でした。指導のあり方に問題があるとは考えていませんでした。

そんなに問題のある指導だったのか
・楽しませることが重視されていたので、盛り上がり過ぎた子どもがでて、けじめがついていない。
・待ってあげようね、みんな一緒に、が日常的で、時間通り待っている子がバカをみる。
・子どもに応じた対応でなく、みんな一緒の対応で統一する。(退屈する生徒が頻発する)
時間通りに始められなかったか。1人ひとりに問うような課題設定はできなかったか。

【学校の外では通用しなかった】
母親が一緒に外出していて、通りすがりの赤ちゃんの身体に爪をたてて、ケガをさせました。
学校では「痛いことはいけないよ。」「仲良くしようね。」とたしなめて、ケガをした子どもの保護者には平謝りをしていましたが、外の世界ではそうはいきません。

「うちの子に、なんてことをしてくれるですかぁぁ」
「すみません、すみません、すみません(母親)」
少しモメたようですが、母親はその後、かなり落ち込んでいたようです。

直接学校がどうという話にはなりませんでしたが、感情をコントロールする、折り合いをつける、落ち着いて過ごせる方法を提案する、他者には厳しく自分に甘い傾向に対して留意して指導すべきだったのではと思います。

その場には知的障害を主とする学校で指導した経験のある先生が何人かいました。なぜ、その経験がほとんど活かされないまま、ぬるま湯につかったような学部の雰囲気に浸かってしまっていたのだろう? 当時は担任の経験が浅く、それどころではなかったですが、今さらですが、不思議でなりません。