学校の文化 担任の先生より

842)特別支援学校 応援なんぞ、要らぬ

最近、珍しくなくなった教員の病気休暇

あと、子どもが熱を出したとかで早退、またはお休みをとる先生

教員集団のなかで、病気がちな先生、小さい子どもがいる先生、抜けなければならない仕事を兼任している先生、初任などの研修を受ける先生がはいっていると、指導体制に穴が空くことを覚悟しなければならないです。

複数の先生が一気に休んだ、そんなとき、あなたが学部や学年主任の先生だったとしたらどうしますか?

【パズル】
まず、学級ごとに誰を入れるか考えて、次にその日の授業がどのような体制で行えるかシュミレーションしてみると思います。

大抵、それでは不足すると判断されることが多いので、個別対応を必要とする児童生徒をこのクラスに入れて、このクラスはもともと2人の教員でやっていたけれど1人でやってもらって…。

こうなると、ロールプレイングゲームのキャラクターと同じになってきます。プログラミングされた以外のトラブルは起こらない、この教員のHPはどれほどで、攻撃力と守備力はこれくらいだから…みたいな感じです。この感覚って、次年度の教員体制を考える管理職と同じではないでしょうか?

しかし、悲しいかな教員はゲームのキャラクターのようにはいかず、トイレに行きますし、体力やメンタル的な限界がある生き物です。子どもにも不注意や衝動的な感情の噴出、体調不良など、このパターンでやれば大丈夫といった鉄壁のパターンは存在しません。

【経験値】
大抵、指導体制の調整や判断はベテラン教員や役付きの人がするのではないでしょうか。

経験や知識などがあれば、自分の指導の限界はある程度理解しているでしょうし、子どもの顔ぶれをみて、どのツボをおさえておけば継続して学習できる、不測の事態がおきたらこう動く、など、自らの行動を計算するんだと思います。

厳しい局面だからこそ、知識と経験と、限りある人的資源のなかで、なんとか乗り切ろうと考えます。ここで私の能力や経験が発揮されると、闘志に火がつくこともあるでしょう。そうして、私はこんなにタスクとリスクを抱えるんだから、他の先生もやってくれるよね、と期待するのです。

しかし、それは対応できると判断したからこそできる覚悟であって、経験値が少ない教員は、何を、どこまでやっていいか分からない、こうなったとき、どう対応すればいいんだろう?と些細なことも不安に感じる人がいます。彼らは、タイトな指導体制をどう受け入れるのでしょう。おそらく動かない、耐える、余計なことは考えない、とその日を乗り切ることを目標にするのではないでしょうか。

【リスクに備える】
トイレに行く、教材の準備をする、子どもの失禁や体調不良に対応する、それらの予定できない事態も想定し、タスクのレベルを下げること、縦割り意識を横に置き、チームの教員と子どもを守るために全校応援などを依頼することが大事だと思います。

何らかの事故が起きた時、指導体制の不十分さに対して、どんな手段を講じたかと考えた時、「なんとか学年内で頑張った」では無策だったと判断されるでしょう。

要請した応援が来なくても、声を出すべきだと思います。それがリスクに備えることであり、新人などの先生に、困難な状況をみてどう乗り切るか考える、他の先生の背中を見て学ぶ機会を提供することにつながると思うんです。