学校の文化

852)特別支援学校 組合主催の茶話会

初めて学校に入ったころ、まだ学校の組合は比較的元気で、勢いよくしゃべる(主張する)人が大勢いました。管理職の小手先の物言いには、矛盾を遠慮なく指摘していましたし、今思えば現場の調整弁みたいな役割も担っていたのかもしれません。

当時は「学校とは何ぞや?」という関心が強かったものですから、何かと顔を出して様子をみました。その中で、歓迎会みたいなことを休憩時間にやるということでのぞいたのですが、今の学校の状況、教育委員会と現場の関係、給料や休暇など、身近な話をたくさん聞くことができました。

そんなことをしているうちに顔を知る人が増え、ある仕事をするために必要な情報、必要な役割を誰に求めていけばいいか知ることができるようになってきました。

今は、休憩時間であったとしても、なかなか話をして情報交換や自分の不安や疑問を開示できる機会がもちにくくなりました。時間がない、個々に課せられたタスクが多い、求められる配慮や対応が多い、同じ仕事でも処理が複雑で多様化しているなどがありますが、作業が個別化したところが一番大きいと感じています。

仕事をふるほうも、過去資料を読んで、人を見ながら役割分担する配慮がなく「データにあるから、それを読んでください」ということが増えました。見たところで、それをもとに今年はどうするか、何に留意して今年バージョンを構成するか、どんなプロセスを経て案を作り上げるかは残っていないことが多く、新規に取り組む人は毎回右往左往しています。

昔の組合に在籍する先生の中には、管理職から嫌われようと、時に冷遇されようとも、自分の理想や教育観があって、それに従って学校で働いていましたが、もうそんな人は引退してしまい、見かけなくなりました。