担任の先生より

512)特別支援学校 日常の営みのなかで見られる、子どもたちの課題

学校のなかにいると、子どものいろいろな課題が見えてきます。
身体機能などの機能面から、経験の量なども含めて、配慮するところや課題かなと思えるところまで、いろいろです。

さて、それらは重要な課題でしょうか?

私は、教員になってから、何を指導目標としてとりあげるか、これについてどこまで配慮するか、すごく悩みました。学校は訓練の場所でない、でも生活の中で埋もれさせると解決や軽減できることまで流すのは違う、ここから学んで積み上げることができるのは何だろう?とかです。これは、誰であっても悩むところだと思います。

というより、ここで悩むことなく指導書や指導方法の本のパクリだけで授業や支援を行う人だとしたら、かなりうさんくさいです。(はじめは方法論で、改善を重ねるのは〇です)

【一見さんは緻密すぎる】
例えば、「飲み会で、くちゃくちゃ言わせながら食べている上司」がいたとします。

普段から一緒に働いている多くは、いつものことだという慣れもありつつ、「おっちゃん、またくちゃくちゃいわせてる。きたねーなー。」と思いながら放置だと思います。

しかし、この場面だけを見た人がいたら、どうでしょう。

・無礼講の場所かもしれないが、マナーがなってない。
・得意先の前でもこうなのか。
・下顎と唇の分離に問題があるのでは。
など、重大問題のようにとらえるかもしれません。

【良くも悪くも、慣れ】
慣れることで、それなりに適応できる環境をつくることで、人はそれを問題視しなくなる傾向があるのではないでしょうか。それは互いに住みやすい空間をつくるとともに、本来手をかけなければならないであろう問題を覆い隠すことにもつながっていると思います。

今ある教員も含めた支援者(保護者も含め)は、将来までの責任を負っていない場合が結構あるということです。予見できる課題は何か、そのために今できることはあるか、いつ頃着手するのが妥当か、それらを意識の中にもってくることができる状況かも大きいと感じます。

そうして、浮かび上がったものを課題として取り上げるかですが、周囲の人の許容度、多忙感、体力、専門性、価値観、経済力、立場、優先順位など、様々な条件のなかで決められるものですから、スタート地点で合意がないと、着手や継続はかなり難しいかもしれません。