雑記帳 OT・PT・ST

74)バブル時代の後に就職して、退職したときのお話です(退職1回目)

こんにちは、雑賀孫市です。
今日は、私が仕事を辞めたとき(1回目)のことをお話します。

【バブル後の学生生活】
私が就職したのは、バブルがはじけて少しした時なので、 今は志望者が少ないと言われている教員採用試験も、押すな押すなの大盛況。 とても合格のために頑張ろう、という感じじゃありません。
大学内では、誰が就職決まった、自分はまだだ、どうするの? と周りが気になって仕方ない、という人ばかりでした。

私の就職先が決まったと分かると、「お前が?」みたいな感じになりました。 当時の私はいまほど話をする人じゃなく、自分の世界で生きているような人でしたから、 仕方ないのかもしれません。

みんな、それぞれ

【就職できただけ、有難い】
とにかく、月に幾ら稼ぎ、将来幾らまでいくのか、とか気にならず

卒後の居場所が見つかって良かった。
お金を稼げるだけで、ありがたい。

今の自分だと考えられない位の謙虚さでした。 独身時代はスポーツジム通いがメインの生活で、それなりに楽しめていたと思います。

【独身貴族生活に投げ込まれた石】
ところが、独身男子のリーダー(?)の愚痴で、不安が増してきました。

この給料じゃ、結婚できないわ…。

田舎にいたせいもありますが、当時は年ごろになったら結婚、していなければ何か問題あるんだと、心無い噂を聞いたものです。しかし自分としては、自分ってお金がない部類だという自覚すらありませんでした。

このままでいいのか、どうする?と煮詰まっていたとき、仕事で手をケガしました。それを機に退職しましたが、この手のケガの経験が後の人生を左右することになります。 次にどうするか決めるまでに仕事を辞めたので、その後ニートになりました。

魂を縛られない快適な生活を続けていましたが、それも2週間位で終わり、自分の居場所が見当たらないことと、お金が無くなっていくことの不安感に苛まれるようになりました。 そこから、半年ばかりの引きこもり、チャット中毒にはまっていきました。

【当時の自分に伝えたいこと】
・いろんな世界があることを知ろう
・自分が変われば、できる仕事が増える
・今の自分は、本当に満足できる自分か
・力がないのに、次の準備なしで退職したら、泣きをみる
・少しずつでも力をつけていこう


余裕がない時は、何を聞いても受け入れられないのかな…。 当時の自分も、それなりに頑張っていたと思う。でも、努力と勇気が足りなかった。

【その後】
そんな中、何か自分にできることはないかと考え、手などの障害で日常生活の難しさを感じている人の 役に立ちたいと、作業療法士(OT)の学校に行くことにしました。
そのころ、ちょうど介護保険制度が始まって、リハビリテーション技士が求められている時期でした。

http://magomago1.org/makingsaftygroup202003/
前回のブログは、「73)元作業療法士より、特別支援学校の先生はどんな児童生徒と優先的に手をつなぐか(安全重視)」

http://magomago1.org/mysecondretirement202003/
次は、「75)介護保険時代にリハビリテーション技士になり、退職したときのお話です。(退職2回目)」