学校の文化 担任の先生より

171)経済学より、今の学校の課題が見えてくる

こんにちは、雑賀孫市です。
先日、動画を見ていたら「欲望の資本主義2 闇の力が目覚める時」という番組をやっていて、今の学校の姿を説明できるようなところがあったので、御紹介します。

【引用部分】
「1980年代には、技術の進歩はスキルや知識を持つ働き手、つまり、高学歴の人々に有利だと考えられていたため、教育を受けさえすれば誰もがスキルを身に付け技術の進歩の恩恵を受けられると信じることができました。だから、ある意味安心できたのです。」

「ところが、どんな仕事をしていても、どんな地位にいても、同じことを繰り返すような仕事は、テクノロジーに取って代わられ仕事を奪われる危険性があるからです。」

「コンピューターに代替されないのは、非ルーティンワークだけだという強迫観念は、人々の大きなプレッシャーになります。(中略)常に自分を改革する必要があるということです。」

「いつも自分が得意なことは何かと自分自身に問いかけていなくてはなりません。それがストレスと緊張を生むため、燃え尽きてしまう人が大勢います。人々は能力を限界まで出し切ることを求められています。」

「創造的であれ、さもなくば死だ」

【子どもの世界が大人によって操作される危機】
40年前くらい前は、「受験のために勉強しなさい。」、「危ないから、〇〇してはいけません。」
強制と禁止、これらは大人が作り出したある価値観に則って、総じて守るルーティンだったと思われます。

しかし、みんなと同じことをしていてはラットレースから抜け出せない、決まったことだけしていたら、AIやより優秀な人材にその地位を奪われる、となってからは均質的な教育が非難の的になりました。

ルーティンでは対応できない多様な災害に応じた避難訓練、英語や総合的な学習の時間、キャリア教育、プログラミング学習、情報教育などが、望む・望まないにかかわらず、学校から提供されます。
エンドレスに求められる能力は

授業改善、自己申告、部活動、限りなく指摘され続ける授業改善のプレッシャー、自分の能力や時間、安定した精神が保てる枠を超えて際限なく求められる教育的ニーズ、HDにデータを追加し続け、変化に対応し続けることができないと続けられない雰囲気。

仕事が多すぎて帰れないと退職する新規採用の先生、パソコンを使った事務作業が増え過ぎて続けられないと退職したベテランの先生、部活にかける時間が長すぎて授業準備ができないという先生などが後をたちません。

【あくなき改善に加担しているかもしれない】
私も従来の学校になかった専門性や価値観を持ち込んでいる人間で、「創造的であれ、さもなくば死だ」と圧力をかけているかもしれないと感じました。
それが教員の仕事の質を高め、負担を軽減させていても。
子どもの能力が高まっても、です。

http://magomago1.org/showthepointmakeyoueasy202006/
前回は、「170)特別支援学校から保護者に書いてもらいたい書類について、書いて欲しいところに、鉛筆でまるをつける」です。

http://magomago1.org/whatdoyouwantthemtobewhat20200622/
次回は、「172)研究授業で「子どもにどうなって欲しい」か語れるか①」です。

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まごいちブログ☆作業療法と特別支援教育をつなぐ