「敗者のゲーム」という本を御存知でしょうか?
この本は、チャールズ・エリスという人が書いた、投資に関する本です。
このなかで、プロの資産運用について、「敗者にならないことを目指すゲーム」に変質したと指摘し、「勝つための最善の方法は、ミス・ショットをできるだけ少なくすることである」とゴルフを例に挙げながら、ミスしないことを目指す傾向が強くなったと述べています。
教員の仕事と重なることが多いなぁ…と思いながら読み進めました。
昔は個々の教員の裁量が大きくて、淡々と授業をする先生もいましたが、中には「俺についてこい!」みたいなクセの強い先生がいて、行き過ぎだけれども、そういった先生が現場の士気や部分的であれ、突出した実績をあげていたりしたものです。この「勝者のゲーム(勝利に惹かれるプレーヤー)」を目指す先生はどうなったでしょうか?
今は、明らかに失敗しない、指示通り、許された範疇で仕事をする先生が、明らかに増えていると感じます。
では、失敗しない敗者のゲームを好むようになってきた学校の現場で、作業療法士や理学療法士等は、どうすればいいのでしょう?
【リハ(医療)として】
学校にリハの人たちが入るようになった頃、当時は「学校の文化を把握して…」なんていう雰囲気は希薄だったと思います。
今、学校や教員との関係を…と言っているOTの先生も、当時は医療の科学を用いて教員に正論をつきつける、みたいなオーラがでていました。まさに、自分たちのもっている知識や技術などを学校という社会に還元しようとする「勝者のゲーム」に挑んでいたのだと思います。
ところが、私もふくめてですが、リハの人たちに対して、科学的な考え方や専門性を認め、取り入れつつも相容れないものを感じるようになりました。
その時、すでに学校は医療の専門職の人たちよりも一歩先に「敗者のゲーム」に踏み込んでいたのだと思います。
私は、やっぱり医療職としての作業療法や理学療法の専門性について、現場でそのまま使えないものがあると今でも思っていて、あくまで学校や教員が行うサービス(あえてサービスと言う)が、行き過ぎないように、効果的であるようにと、支えるためのものだと思っています。
しかし、教員の暴走を止める、間違ったことを指摘するなど、勝者のルールなりに良かったこともあったはずです。だから、勝者のルールを全否定するつもりもありません。今もなお、一部の教員の指導力の低さ(許容範囲を下回る)は悩みの種になっているからです。
医療職のもつ科学(強いもの)をどう敗者のゲームのなかで活かすのか、それを意図して取り組んだ実績はまだまだ少ないと思いますし、特別支援学校への参画はできてきたと考えるのは早計だと思っています。
