年度末が少しずつ見えてきました。
学校では、今年度やってきたことのまとめと、次年度に向けての準備が進んでいます。そんななか、学校がきてもらっている医師に、研修会でいろいろ教えてもらおうという企画がありました。
この研修は、医師がどのように児童生徒をみて、どう解釈して、どのような対応がふさわしいか助言・指導したものを紹介する研修です。
これに、私も首を突っ込むことになったのですが、ちょっとコレはマズくね?と思うことがありました。
【マズくね?と思ったこと①】
講師が、事前に児童生徒の動画を撮影し、特定の角度や内容が紹介できるようにと注文をつけてきたこと。
説明に使う動画について、細かく注文をつけたということは、その角度でしか語れない細かい内容を伝えようとしていると思いました。
申し訳ないのですが、教員の中で小児医学、運動学、解剖学をある程度でも分かっている人はほとんどいません。様々な医学系の学会発表などでも症例発表が行われていますが、それができるのは、聴いている人が一定以上の知識や専門性を有していて、発表者のいうことが理解できるからです。
物事の根本が分からないで聞くと、「そんなことがあるんだ」、「自分が今みている子どもには当てはまらない」、「そんな細かいことは担任が分かっておけばいいことじゃない?」、「子どもによって違うんだから、それを理解してどうするの?」、「うちの学級は何人もいるので、そこまで細かくみられないし、手はかけられない」と、どんどん他人事になっていきます。
熱心に聴けば、当事者意識をもって聴けば意味はあるよという意見もありましたが、それでは埋まらないものがあるとは言えませんでした。
もし、自分が担当しない児童生徒について話していて、それがストンと落ちるようなレベルであれば、「専門家に何を聞いたらいいか分からない」、「この子にどうしたらいいですか?」といった発言はでないはずです。
専門家(医師)が自分のしていること、考えていることを熱心に話せば話すほど、聴いている教員との距離が開いていくと危惧しました。
【マズくね?と思ったこと②】
研修会の目的やねらいにあたる部分が、「講師から話を聞いて、共通認識をもつ」みたいなものでした。
みんなで聞けば目的は達せられる
みんなで話を聞きました、という実績が残る
研修会を通して、医師の専門性に触れれば、専門性が高まる
研修は、誰のために実施するのでしょうか。
どうも状況を見ていると、分掌担当が仕事をしたという実績を形にするため、学校にきてもらっている専門家が一部でなく全体に利益をもたらすものだと主張するため、が優先されている気がしてなりませんでした。
個人の意見なのですが、このような研修会を主催する場合、「参加する教員のため」に実施すべきだと思います。教員と一口で言っても、経験年数、知識と経験の有無、興味関心の有無があるので、どのような教員が聴いても分かるものやったほうが有益だと思うのです。
子どもの見立ての仕方(どんな子で、どこを見ればいいか)
観点について、どんな仮説がたって、どう検証したか
分かったことをもとに、何をとり、何を捨てたか
やってよかったこと、残った課題、今後どうするか
状態は違っても、子どもを見るときに確認するポイントは大きく変わりません。みる(評価する)観点を列挙することで、子どもの課題に直面したとき、どこを観ればいいか知るだけで対応力はぐっと上がります。
基礎基本を知ることで、どんな状態の子どもであっても、ある程度どんな状況か把握できるようになってきます。そのため、症例として取り上げるのは知的障害の学部と、肢体不自由の学部の子どもをミックスでとりあげてもいいと思います。
学校の研修にかかわる専門家の方には、自分の専門性のアピールの場にしないで欲しいと思います。今見ている子どもがもっと分かるようになること、今は違っても、将来出会う子どもの実態把握が短い時間である程度のところまで到達できること、そのための手助けになる研修を展開してもらいたいと思います。