作業療法士を学校に派遣する事業計画は続いています。
これまで、担任として、こんな支援者にいて欲しい、こんな支援者だったら要らないといった話を書いてきましたが、今の自分は、どんな人がいてくれたらと思っているんだろうか?と考えました。
今、自分は学級担任で、学年の教員集団の構成は年齢・経験年数・力量について書くさが激しい、児童生徒の実態の格差も比較的大きく、支援が必要な子の割合が多いかなという状況です。
負荷はある程度分散できているので、追い詰められた感が例年に比べて低いほうと思います。そんななか、自分は何を求めているのかというと…。
・自分の引き出しにないもので、今の授業づくりのきっかけが出せる人が欲しい。
・ある程度の力量があって、普段自分が思っていることを雑談レベルでもいいので話せる人が欲しい。
ということは、今の自分の状況や力量や余力、いま必要と思われるニードをふまえて、飲み込めるだけの「新しい知識や指導技術、指導方法をプラスしたい」が1つ
日々蓄積される情報はあっても整理する・言語化する余力がとれないので、それをサポートする人や機会が欲しいが2つめ
すべてとは言わないまでも、自分がしていることが妥当であるとか、ここは良いと確認できる機会があったらなと思うのが3つめ。
日々の指導について、それがパーフェクトだ!というものは無いこと、自分が掲げた指導目標や指導の方向性が絶対妥当だと言い切れないことは多くの教員は理解できていると思います。それだけに、自分自身を許せる機会がもちにくく、主観的でなく客観的な視点から「それでいいんだ」と言われないと安心できないところがあります。
それを許してくれるのが、専門家として学校に入るOTやPTなどだったらどうでしょう。それは心強いと思いますが、どうでしょう?