担任の先生より

552)特別支援学校 すぐ謝る先生に言いたいこと

「~できないのですか?」、「~ですよね?」

保護者との電話や対面での対話で、ときどき保護者から言われる言葉です。これに対する教員の言葉は、「すみません」、「なんとかできるように、検討します(=できるように努力します)。」となり、その場とその後の関係がギクシャクしないように合わせていくことがあります。

【たまに見られる】
長年、保護者として学校とかかわっている保護者のなかで、たまに見られるのが以下のようなパターンです。

要望すれば、たいがいのことを聞くし、言わないと損。

教員の特性はだいたいわかるので、公のルールにのっていないことについて、ゴネたら聞く。

いつも不平不満をぶつけていれば、そのうち教員から自発的にサービスしてくれるようになる。

このようなことが起こるのは、なぜでしょうか。

それは、学校は共通のルールを作って運用することを考えますが、個別の対応について「柔軟に対応すること」と曖昧であること、どこまでは良くて、どこからは認めないなどの「歯止め」規定がないことが挙げられます。

「本来、保護者と学校は子どもの教育を行うために、協力している」という建前があり、近年見られるような個人主義や、サービス利用者と提供者のような関係を前提としていません。そのため、学校ではお互いがよりよい方向にいくために進んでいるのだから、それを壊すことはしないだろう、という楽観論が主流になりやすいと思います。

【想定する】
担任として仕事をするなかで、保護者対応のときに、特に気をつけていることが二点あります。

①ユーザー目線
以前、教員間の仕事の分担に関するブログ記事のなかで触れましたが、ユーザー目線は保護者対応時に重要だと思っています。ある依頼、例えば冬服をもってきてくださいと担任から保護者に伝えるときは、

「寒くなってきましたので、冬服の着替えをお持たせください。」では不十分です。これを担任から言われた保護者のなかで、これですね!とピンとくる人はどれくらい要るのだろうかと思います。誰に対しても、5W1Hを明らかにして、対応しやすい形をとります

保護者が、学校に、はすでに分かっているので、あとは「いつまでに」、「どれくらいの量」、「求められている衣服の種類は何か」を明確にすれば、保護者は対応しやすいはずです。これをふまえると、「寒くなってきましたので、冬服の着替えをお持たせください。今週末までに、肌着、長袖服、長ズボン、靴下、かさばらないボリュームの防寒の上着をそれぞれひとつずつ入れてきて頂きますようお願いします。」

②事後に課題を残さないか、可能性を考える
保護者からの要望で、「これを聞いたら満足するだろう。しかし、これを他の保護者もこぞって希望し始めたら、学校として収拾がつかなくなるだろう」、「今年、これをやったら毎年担任が変わってもやり続けることになるだろう。他の教員や保護者との関係を考えると、ルーティンにすることに問題はないだろうか」、「保護者の希望とはいえ、この課題を取り入れると、発達上、身体機能上ネガティブな影響がでる。本当に個別の課題として導入していいのだろうか?」などについて考えます。

誰もが納得できる「原理原則」や、「誰が聞いてもおかしいと思わないこと」を基準にして、それをもとに現状どうすればいいか考えれば、大ハズレにはならないと思います。

【①と②をふまえて
保護者の意見には、様々な想いや考え方が含まれています。それを、ひとまとめにして「ニード」や「要望」として取り扱ってはいけないと思っています。その年、担任として無難に過ごすことを考えると、「イエスマン」になることが最も無難です。保護者は満足、管理職も保護者との関係でこじれることなく過ごしたと考えるでしょう。しかし、それでいいのでしょうか?

「公的なところは、ゴネれば自分の思い通りになる」

このように学習した保護者が、高等部卒業後に居場所をなくしてしまった例を知っています。

地域で確保した場所でクレームを出し続け、こじれてやめてしまいました。その後、隣町の支援機関に行きたいと希望を出し、いかに地域の場所がよくなかったか吹聴しました。その後の返答は、以下の通りです。「そこまで希望があるとのことですが、こちらも、そこまでの対応をしかねます。」と。

保護者の方には、子どもをとりまく施設や人を、子どものために大事に育てていって欲しいです。お金と権利に頼って支援体制をつくると、お金と制度を頼りにすることから離れにくくなります。保護者はいつまでも若く、健康でいる訳ではありません。子どもが大人になり、年老いて、その命を終えるときまで幸福感をもって生活するために、保護者とはいいません、親は何をつないで、何を残していくことが望ましいのか、長い目で考えてみて欲しいと思うのです。