担任の先生より

867)特別支援学校 納得できない

帰りの会のときのことです。

目の前に座る子どもがおもむろに靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ…はいてみて、「なんだか違う」と再び脱ぎ…。

とにかく、足の感覚的なものなのか、靴下の縫い目の線と線が曲がっているからなのか、いろいろありますが、納得できるまで続きます。

それを見て、今やっていることから逸脱する訳ですし、周りの児童生徒の目もあります。「ケジメがつかない」と修正させるのも一つですが、今回は席を外させて、靴下と靴にこだわり続けるか、手をとめて会に復帰するか選択してもらいました。

その場で指導して修正することができるか、が一つの指導方法を選ぶ時の分岐点といえます。

【ハダカで作業】
この帰りの会の前に、着替えをしていました。

彼は上と下を脱いでしまってから、机と棚の空間をぴったりくっつけたくなったのか、「ガン、ガン」と机を持ち上げては棚の前に置く、を繰り返すようになりました。

「早く服を着てよ…」

いつ終わるか分からないし、とにかく音がひどいです。これも、「着替えて」と声をかけて軌道修正できるか考えましたが、最終的に難しいと判断しました。

そこで、机と棚の間に椅子を置き、そこに座ってみせて、「ここはいいから、着替えてください」とやりました。結果は成功、着替えに復帰しましたが、次はこれから履くズボンの折り返したところを、振って修正したいと思ったのでしょう。ずっとズボンを両手でもって、ブンブン振っています。

「こんどは、そこですか…」

学校は登下校や授業時間など、結構時間と段取りに追われているところがあります。時間に合わせなきゃと無理にすすめるとエラーが起き、手伝いすぎると主体性や生活スキルが向上する機会を損ないます。

かといって、子どもが納得できるまで待とうとすると、際限なく待つことになるかもしれません。

遅れても、先生は待ってくれるものだとタカをくくってしまうかもしれません。

そうなると、後々のことも含めて非常にマズい。

指導はその場だけでなく、後々に影響し得るものとして考えます。いくらうまくいっても小手先だけ、その場だけになって、後にツケをまわすものにならないかと思うと、慎重にも保守的にもなります。