学校の文化 担任の先生より

925)特別支援学校 特別支援学校に居座るメリトクラシー

先日、作業療法士会あてに某保護者から相談に乗って欲しいと連絡がありました。

学校では、うちの子のコミュニケーション能力を伸ばす取り組みをやってくれていないし、配慮についても不十分なので、専門家から助言か指導をしてくれないでしょうか?みたいな内容だったと思います。

これについて、学校の担任に様子を聞いてみよう、専門家支援につなげられないか、コーディネーターに相談できないか、などについて検討されました。

【おさえておきたいポイント】
保護者がこうして欲しい、やってくれないと言い始めたとき、「はい、分かりました」と安請け合いしません。内容にもよるのですが、確認すべきことがいくつかあります。

事故やケガのリスクはどうか
子どもの発達段階に応じた妥当性のあるものか
学部や学年の教職員の大多数ができそうなことか
希望するのは特定の指導方法の実施か、こんな能力をつけたいという希望か
学校の教育課程のなかで実施できることか
他の児童生徒に大きな影響を及ぼさないことか
教育的配慮や教育目標として成立しうるものか
短期・長期目標がたてられるものか(漠然とパフォーマンスし続けるものはちょっと…)
校内で組織的に対応できるものか
その時点での担任の先生が受けられる内容かどうか(体力、知識・技能、学級の状態などをふまえて)

このあたりをふまえて、どのように対応するか検討します。今回の相談では、上記のいくつかの点で不明瞭なものがありましたので、それらを確認したうえで対策を練って欲しいと伝えました。今いる担任の先生の状況や面子に配慮せず、安易にできます、できるように支援しますと言うのは賢明でないと思ったのです。

【ニーズの多様化、個別化】
昔は保護者が教員に受け止めてもらう、お願いする、という雰囲気がありましたが、最近は「うちの子のためにこうして」の要求に近い要望が多くなっています。最近、保護者の方もよく勉強されていて(偏っていると思うことはありますが)、いろいろなところから情報を集めていらっしゃいます。

それを受けて、学校の指導も高度化、多様化、個別化していると思います。

知識社会の高度化に伴って、仕事で要求される水準が高くなっています。
⇒専門家と連携する
⇒公費で専門家を導入したのだから、相応の成果を出せ
⇒専門家の意見を尊重する
⇒難しいこと、実施しにくいこともやってみせなければならない

【教員の専門性】
教員は専門家ではありません。

あれこれと玉虫色みたいに仕事がスタンスが変わり、指示された仕事を範囲内でするのは専門家ではありません。高度専門職を名乗るなど、もってのほかです。

ただ、専門性を主張するなら、個々の実態をふまえながら集団を意識して生活をつくり、枠内で文化を伝え、学校というハコモノの運営もやっている、その営みそのものが専門性を示すことになると思います。

求めることは妥当性、医療系の真似だけやって「専門性がある」と考えないほうがいいと思います。

彼らの知識や技術は留意点や一時的な借り物であって、そこにどっぷりつからないほうがいいです。