多くの公立学校では、通常の授業以外のことになると実施案をつくり、起案をとり、時に予算を申請し、引率し、保護者への説明文を配布し、反省をとりまとめます。
外から見えるのは、配布された実施案と、活動(授業)したということだけでしょう。その行事の始めと終わりまでに、どれだけの労力を費やしたか、知っているのは担当した教員だけです。
実施案の構成は、毎年ほぼ同じ
どんな書類を作らなければならないかは、毎年ほぼ同じ
関連する部署も、毎年ほぼ同じ
だったら、誰でもできるんじゃないかと思うのですが、なかなかそうはいきません。実施案をつくるために、二つの知識や経験、スキルが必要だと思っています。
見たことがあるか
該当する行事について、「どこで、どのように始まり、どんな活動が行われ、どこでどのように終わるか」を見たことがあるでしょうか。見たことがない人が、行われることに対してどのように並び、どれくらいの尺(時間)を必要としているか、頭の中で思い描いて実施案をつくることは困難なことだと思います。
同じ空間に人が集まること、誰もが参加していると感じられること、誰もが分かって参加できること、これらを実現するために、壮大な絵を描くために、「白紙から描くか、下絵がある状態から描くか」、どっちがとっつきやすいかといえば、言わなくても明らかです。
その行事は、単に流すだけにとどまらない、その学校や、その学校に在籍する児童生徒の実態を映し出したものなので、簡単ではないのです。
パワーバランスが計算できるか
集団をつくり、引率する行事のとき、特に重要だと思っていることです。
例えば、10人の児童生徒がいて、4人の教員がいたとします。どの子に個別の支援が必要で、誰が何人の児童生徒を抱えられるか、授業運営ができるか、安全を確保できるか、トイレや事故にどのように対応するか、これらが計算できないと、「決められた人的資源で、決められたことができない」ということになります。
行事などを考えるとき、人的な規模を計算することが求められます。運営する人は多いほうがいい、しかし、運営に人をとりすぎると、児童生徒を直接支援・指導するマンパワーが少なくなりますし、かといって児童生徒に付く教員を手厚くしすぎると、行事運営が滞ることになります。
普段から、言われたところを守るだけ、視野が狭くて自分の身近なところしか見ない教員が、全体運営にかかわる行事の企画ができるでしょうか?
A 仕事だし、できる人ばかりを酷使することになるから、苦手であろうがやれ。
B 間違いがあってはいけないし、適材適所で役割分担をすればいいじゃないか。
このAとBが、特別支援学校でよくみられるジレンマです。