担任の先生より

1163)特別支援学校 どっちにする?

授業の中で、「選択する」ことを児童生徒に求める場面がよく見られます。

「どっちにする?」と言いながら、先生は児童生徒に二つのものを提示します。どちらか一方を手にとり、例えば箱まで移動していれる、みたいな感じです。

これで、ただ言われた通りに物をとって入れる、だけでなく自己判断、自己選択を促した、ということになります。ところが、児童生徒の実態によって、選ぶということがよく分からない、選んでどうするか分からない、といったこともあります。

多少選択することが難しいと思われても、グループや学年で行われる授業で、展開のなかで「みんな同じようにやったほうがいい」という学習機会の平等や、やってみて、もしかしたら何かがつかめるかも…という期待、それらが入り混じるので、順番に選ぶ機会をつくります。

【選ぶことを求めるときに、考えること】
促すものについて、児童生徒が知っているものか、そうでないか。
選んでからどうするか示せているか。
目や手などの感覚器を使える範囲に物を提示しているか。
手が届く範囲に物を提示できているか(自分で移動して届くところか)。
二択の場合、両方に手を出したときは、片手をつないで、どちらの手で示すか教員が決める。
選ぶ以外の選択肢(自由度)を減らす。
選ぶ理由(好きな色、キャラクター、選んだ先のゴールに到達できるものか、など)があるか。

【先日の授業】
先日あった授業のなかで行われた、選択する場面ですが、教員が児童生徒の前に立ち、教員の左右の足元(地面の上)に置かれた二つのボール、このどちらかを選んで、持ち上げて、所定の場所まで運んでください、というものでした。

一連の活動をつなげて、把握して、行動にうつせる児童生徒はこのグループのなかにはいませんでした。ということは、提示した課題は難しすぎる、実態にあっていない、ということになります。

このグループのための課題設定を考えるとき、求めることは一活動ごとに1つで、選ぶことを大事にするのか、促しに応じて行動できることを大事にするのかはっきりする必要があります。

何を大事にしたいか(目標設定)決めたら、それに向けて脱線せずに進める流れをつくり、不要なものは排除することが必要でした。レベルアップさせたい、あれもこれもできるようになって欲しい、が先走ってしまうと、大概児童生徒だけでなく、指導についている教員自身も、どこに力をいれるよう促せばいいのか、どこを支援して、どこを主体的に取り組ませてみるか選択できなくなってしまいます。