学校の文化 OT・PT・ST

212)元専門家(OT)の努力が周りの先生にどんな影響を与えているか

【学校における、リハビリテーション技士などの専門家の役割】
まだまだ数は少ないですが、POSTが本格的に特別支援教育にかかわるようになって、10年以上経過しています。

文部科学省の「特別支援教育について 第4部 専門家用)では、「校内委員会から専門家チームに判断を依頼する場合,必要に応じて,巡回によって把握した児童生徒の実態を基礎資料として提供します。また,専門家チームから判断と助言が提示された場合,その内容を授業や学校生活に具体的に位置付けるために,教師に対して説明や助言をします。なお,専門家チームとの連携を深めるため,必要に応じて専門家チームの会議に参加することも考えられます。」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1298170.htm

枠組みを作らないと機能しないのかなと感じます

※POST:PT(理学療法士)、OT(作業療法士)、ST(言語聴覚士)の頭文字をまとめた略語

【専門家としていづらさを感じる時】
元作業療法士として、もっている知識や技術、考え方などを児童生徒の生活向上のために使ってきたと思うのですが、学校現場の中で、常に言語化しにくい「違和感」が抜けずにいました。

専門的、科学的と言われるものへの拒否感。
これまでのやりかたを踏襲することによって安心するパターナリズム。
声高に出された年長の先生に合わせる同僚性
新規事業にかける過剰ともとれる膨大な準備

私はこれらを創造性のある、子どもをよりよくする環境づくりに対する阻害因子と考え、自分はそうあってはならないと踏ん張ってきました。しかし、踏ん張れば踏ん張るほど、孤独感が増し、責任が重くなっていると感じるようになりました。

①特別な人だから、特別なことができるだろう。
②難しいこと、困難なことは専門の人に任せてしまおう。
③専門の人があまり前にでてくると、他の人が混乱するから、このへんの仕事をさせておこう。

やるほど広がる距離感はないですか?

といった雰囲気を感じるようになってきたのです。
週や月に1回ならば、耐えることはできるでしょう。
しかし、教諭として学校に入ってしまうと、毎日、毎年それが続いていくのです。

【気を付けること】
思い返してみると、専門家にとって、学校の教員集団は得体の知れない存在と思っていましたが、学校の先生にとっても、(元)専門家は得体の知れないもので、文部科学省や教育委員会の指示のもと、聞いたことがない価値観を持ち込んでくるエイリアンだったと思います。

ただただ、これまで自分たちがもっていた価値観で頑張れば頑張るほど広がっていく溝。
それを軽減していくにはどうしたらいいのか…。
ただ、ややこしいことを請け負う代行業になってはいけない気はするのですが。

「共感」、「協働」、「傾聴」、「共有」…。

違いを承知で持ち寄り、活かす

どっちが優位性をもつか、リーダーになるかによって発生していたと思われるぎこちなさ。
それを横並びの言葉にして、個々にもっているものを持ち寄る、それが大事なんだろうと思います。

ちなみに、私はしたい訳でもないのに、困難な状況にまわされる人になってしまい、若干疲弊しています。
なので、まずは「抱え込まずに横並び」、これをテーマに私も持ち味がうまく発揮できるようになりたい、と思っています。

https://magomago1.org/211ifiredaworkhomecareservice202009/
先回は、「211)訪問介護の仕事をクビ(?)になった話」で、私の昔話です。気軽に見て頂ければと思います。

http://magomago1.org/213whatdoyoudoafterendofteacherslife202009/
次回は、「213)教員退職後の気になるお仕事」です。定年退職したら、何をしようかなとワクワクしています。

スポンサーリンク
まごいちブログ☆作業療法と特別支援教育をつなぐ